浮世絵ぎゃらりぃ » ジャポニスム » ジャポニスムとは

«前の記事: 印象派と浮世絵

次の記事: ゴッホのジャポニスム »

ジャポニスムとは

«前ページ 1 2 次ページ»
最初の版画の到来は、文字通り衝撃をもたらした…。ほんの小さな画帖でさえ、高値で買い争われた。人々は荷の到着をうかがって店に日参するのだった。花瓶や布…あるいは着物しか見つからなかったときは、皆なんと落胆したことだろう、もっともどれも貴重な品ではあったのだが。…デッサン画がとりわけ画家や碩学の好事家に気に入られていた。何千枚という単位で入荷し、海水で傷んだものもままあったにもかかわらず、どれもたちまちのうちに売り切れた。まさしく熱狂というべき様相を帯びるこの人気に商人たちはまず驚いた。そして、たやすく売れることに目をつけて、商品をかなり大量に取り寄せるようになった。

(ザカリ・アストリュク/フランス新聞記事「日が昇る帝国」1867年)

近年、日本のアニメや漫画、ゲームを中心としたポップカルチャーが世界各国でブームとなっています。
その影響は若者のファッションや音楽、食文化にまで及び、Japanese COOLと呼ばれるその様子はまさに現代版ジャポニスム、といった感じです。

現代のジャポニスムは、子供の頃からアニメ、ゲーム、漫画などの日本のポップカルチャーに触れた若年層の拡大によって自然発生的に起こったものですが、いまから100年あまり前の元祖ジャポニスム・ムーブメントの場合、きっかけとなったのは19世紀後半からヨーロッパ各地で開催された万国博覧会でした。
なかでも影響の大きかったのは1867年と1878年のパリ万博です。
67年には徳川幕府と薩摩・肥前藩が、78年には明治政府が主体となって日本の美術・工芸品を大々的に紹介したところ、これが大好評となって、フランス国内はもとよりヨーロッパ中に熱狂的な日本ブームが巻き起こったのです。
冒頭のアストリュクの記事は、日本文化に熱狂するパリの人々の様子をリアルに伝えてくれていますね。

この頃、既にパリには日本美術店がいくつか存在し、上記のアストリュクをはじめボードレール、ゴンクール兄弟、ビュルティら文学・文筆家たちや、マネ、ドガ、ホイッスラーら画家たちが浮世絵をはじめとする日本美術品を収集していたことが知られています。(後に彼らはジャポニスムの牽引役となっていきます。)

そしてアストリュクの記事にあるように、日本美術への熱狂ぶりに注目した美術品バイヤーたちが幕末から明治にかけて多数来日して美術品や工芸品を買い付けるようになり、そうした美術品がパリの街で一般市場に流れはじめたことも日本ブームの過熱を煽る一因となったのです。

浮世絵ぎゃらりぃ内の関連記事

«前ページ 1 2 次ページ»