浮世絵の下絵
さて、それでは実際に浮世絵の版下絵がどんなものなのか見てみることにしましょう。
浮世絵についての理解が進み、版画としての細かい仕事ぶりも理解できてくると、こんどは
「下絵の段階で絵師はどの程度まで描き込むのだろう」
「模様や服の柄は最初から描かれているのだろうか」
「浮世絵特有の、髪の毛の細かい描写は、最初から下絵に描かれているのか」
といった疑問が出てくると思います。そうした疑問は、言葉で説明するよりも、実際の下絵を見ていただいた方が話が早いと思います。

これが実際の浮世絵の版下絵。江戸時代に活躍した三代豊国の肉筆です。
普通、版下絵というのは墨版作成時に失われてしまうものなので、このように下絵が残っているということは、「何らかの事情でボツになり、出版に至らなかった」ということを意味します。

画面左下におなじみの豊国の「年の丸」が入っていますね。
しかし改印は入っていません。
ということはつまり、検閲を受ける以前の段階で企画がボツになったものと推測されます。

なかなかこういった直筆の下絵を目にする機会も少ないでしょうから、ぜひじっくりとご覧ください。
下書きとはいえ、みごとな筆運びで、髪の毛など細部もけっこうびっしりと描き込んでいるのが分かります。

この人物(平宗盛/市村羽左衛門)は、上の二人と違って着物の模様までちゃんと描かれていますね。
これは、「この人物に関しては必ずこの柄を使うように」という絵師から彫師への柄指定のメッセージです。
逆に上の二人については、無地で特に指定はありませんので、「彫師におまかせします」という意思表示です。(もしくは、後で文字書きで柄指定の注記を入れるつもりだったのかもしれません。)
さて、3人の人物について、もっと顔の部分の描写を拡大して見てみましょう。

役名は「海老ざこの十」。演じるのは当代の人気役者、市川団十郎です。
髪の生え際は基本的に彫師におまかせの部分なんですが、手抜きせずていねいに描いています。

こちらの役名は「三日月おせん」。演じるのは坂東しうかです。
櫛の目やかんざしも髪の毛同様、さほど手抜きなく描いていますね。

「平宗盛」。演じるのは市村羽左衛門です。着物の柄や髷を結う紐もていねいに描いています。
慣れない人には、こうした浮世絵の人物の顔はどれもみな同じに見えるかもしれませんが、慣れてくるとちゃんと人物ごとに特徴を描き分けているのが分かるようになります。というか、役者絵というのはもともと「似顔絵」ですので、本物に似ていないとダメなんですよね。
それにしても、ここまで細かく描いたのにボツになったとはなんだか気の毒に思いますが、しかしこの三代豊国の場合、七十歳を過ぎた頃でも半身大首絵の三枚続きの絵なら一日で1~2点くらいは仕上げるほどのペースで、大抵の絵は一晩徹夜して翌日の昼までには間に合わせたといいますから、この絵にしても我々が思うほど時間はかからなかったのかもしれません。(それはそれで驚きですが)
役者絵の場合、出版に半日遅れるのとそうでないのとでは売れ行きに大きな違いが出たといいますから、浮世絵出版はとにかく時間との勝負で、それこそ彫師や摺師は昼夜を問わず火事場の騒ぎで仕上げたそうです。絵師だって、下絵にそんなに時間をかけてられませんから、細かい注文の絵でも、さほど時間をかけずに素早く仕上げて納期に間に合わせるのがいわゆるプロの仕事だったんでしょうね。
さて、絵の方はひとまず置いて、こんどは紙の方に注目してみましょう。

下絵の紙には、ご覧のようにとても薄いものが使われます。
これにはちゃんと理由があるのですが、詳しくは次の「浮世絵の製作手順」でご説明しますね。

いまの表題の部分をよく見ると、ところどころ切り貼りをしているのがわかりますね。
実は画面右の市村羽左衛門のところにも、上にかぶさるようにラフな筆書きの付箋が貼られていて、絵師と版元の間(もしくは、絵師と文字書き専門の担当者との間)で何度か校正が行われた痕跡が見られます。

浮世絵の下絵といってもいろいろあって、アイデア帳のような落書きに近いものもあれば、出版直前のかなり完成度の高いものまで様々です。
この絵の場合は、何度か校正を重ねるところまではいったものの、そこでボツになってそれ以上には進まなかったようですね。
ボツになった理由ははっきりとは分かりません。
版元がこの絵を気に入らなかったとか、予算不足で頓挫したケースも考えられますが、逆にもっと予算をかけて積極的にプロモートしたくて、「1枚物ではもったいないから、2~3枚の続き物に変えてドーンといこう!」という、路線変更のような前向きの理由だったのかもしれません。
あるいは、企画自体は全く頓挫していなくて、ただ校正を重ねすぎて下絵として見づらくなったので、別に新たに描きなおした、ということも考えられますね。
私個人としては、この「源家八代恵剛者」に関しては、豊国作品でこれと同じ構図の一枚絵を未だ見たことがなく、しかし二枚揃いでなら同じ場面のものを見たことがありますので、おそらく2番目の「路線変更」あたりが正解なのではないかと思っています。
はたして事実はどうだったかわかりませんが、一枚の絵から当時の様子をあれこれと想像するのもまた楽しいですね。
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